とんちんかんファミリー①

ちっちきです

うちのとんちんかんファミリーが何故に結成されたか

綴っていこうと思います!

ちっちき誕生

時は1991年

住宅設備の自営業の父とピアノ教室の先生の母との

第一子としてちっちき誕生。

続々ときょうだいが増え

ちっちき 妹1 弟 妹2

4人きょうだい6人家族へメンバー増員。

父の実家付近へ4000万円の3階建てマイホームを構え

暮らしていました。

雲行きが怪しくなり始めたのは

2005年頃 ちっちき中学生の頃です。

母に彼氏がいることが判明www

当時流行っていたSNSで出会った人に

4℃の指輪をもらったと豪語していた母を記憶しています。

幼い頃から母に父の悪口を聞かされていたので

ちっちきの中では なんとなく父が悪者になっていて

母に彼氏がいることに嫌悪感はなく

よかったがん!彼氏おるとか母かっこええな!

っていう謎の感情でした^^www

既婚者になった今思い返すと

やっぱりお父さんの悪口を子供に言うのは

ほんとよくないな~と思う。

この頃からだんだん父と母は会話をすることもなくなり

家庭内での冷戦のスタート!

はよ離婚してくれんかな~と思ってました。

そして母は 自分の感情を表現せず

貝のように口を閉じ 口角も上げない

サイコパスマミィへと豹変していきます。

サイコパスマミィ誕生

実母のことを以下より

「サイコパスマミィ」と呼ぶよ^^

サイコパスマミィになってしまったのは

父の姉(ちっちき伯母)の存在がいちばんの要因かと。

伯母はちっちき父の保険を勝手に解約して

返戻金を受け取ったりとか(犯罪w)

とにかく金が大好きな地元でもなかなかの

パンチの効いたババァだったそうでw

嫁小姑問題がいちばんの要因みたいです。

ここで父が夫としてサイコパスマミィをフォローすればよかったけど

もう後の祭りって感じですよね^^

と、そんなこんなでだんだんと笑顔を忘れて

自分の感情を押し殺し続けた末にサイコパスマミィ誕生です。

う~ん 嫌なことこそ声を大にして叫ぶべきですね

堪え難きを堪える日本人の悪い癖じゃのぅ

離婚を決意したサイコパスマミィ

離婚を決意したサイコパスマミィは

彼氏の会社にコネで入社して離婚資金を調達します。

そしてすったもんだの末に

2007年だったかな

ちっちきが高校生になるタイミングで離婚。

子供が大好きだった父は最後の最後まで離婚を拒んでました。

でももう離婚すると決めた女の決心は

半端じゃなく強いwww

女って決心したらめっちゃ強くなるよなw

完全に母サイドの人間だったちっちきは

「離婚してほしい」と父に手紙を書きました。

今思うとほんと残酷なことしてもうたなと

涙がちょちょぎれそうになる事象ww

そして父とファミレスで待ち合わせして

離婚届に泣きながら印鑑を押していた父を

今でも覚えている、、、(;_;)

あのファミレスの前を通る度に

今でもその日の父を思い出したりもする。

どうかこの記事を読んでくれているみなさんは

子供の前で泣きながら離婚届に印鑑を

押させたり押したりしないで下さいねww

離婚するのは仕方ないかもしれないけど

子供にとっては親っていうことは変わらないから。

そして父は多額のローンが残るクソでかい家に

置いてけぼりにされる悲劇のスタートw

同時にサイコパスマミィと子供4人の

貧乏生活のスタートです。

ここまではよくある話ですね!

ここからかなりのスピード感で

崩壊へ向かいます^^ひゃっほー

崩壊へのジェットコースターのお話を

次の記事で書いていきますね~


記事とは関係ないですが

フィリピン料理のご紹介!

たまに実家でフライにされている

一匹丸ごと冷凍のお魚さん。

油で揚げたら家じゅうが足の裏のスメルになる

パンチの効いたヤロウです!!www

でも食べたらおいしい。

くさいのって大体食べたらおいしいのなんでなん?

興味のある方は一度食べてみてください~^^